相俟って憑きは月と為り、花は華と成る。

小説家の三日月おじいちゃんとしょた国広ちゃんが出会う近代(昭和初期〜中期)怪談風パロです。
・モブが出現しロストします。
・結構ぐろい感じの描写があります。
・軽いベッドイン描写



 天には丸い穴が開き、何処までも澄み渡っていた。明滅する星々の舞も今宵は楽しめそうだ。
 心地よい夜風に吹かれ乍、三日月は自宅の前で車を降りた。
 「それでは国広くんによろしくね。」と、手を振る身内に三日月は「あい、分かった。」と頷く。
 洋菓子の入った箱を手に、三日月は踊るが如く玄関の戸を開けた。小生意気な所もあるが、健気で律儀な子は三日月の帰りを今か今かと待ってくれているだろう。
 リビングから零れる灯りは、まだあの子が眠らずにそこに居る証拠だ。
 「遅くなって、すまんな。」
 そう言って扉を開けた三日月は、真っ先に愛する子の姿を求めた。然し、そこにその姿は在らず。灯りは点された儘、卓の上には読みかけだろう本が残されている。その様子に、三日月はすぐさま気が付いた。それは以前にもこの様な事があったからだ。
 三日月は洋菓子の箱を卓の上に残すと、脇目も振らず寝室へと駆けた。その扉を開ければ、案の定ベッドの上の布団がこんもりと小さな山を作っている。
 三日月はその小さな山に駆け寄り、「国広、大丈夫だ。俺がここに居る。」と撫でる。
 すると布団の隙間から花緑青が僅かに顔を覗かせた。
 「宗近。」
 「うむ、ここに居るのはそなたの宗近だけだ。鬼は居らんよ。」
 だから出ておいでと三日月は手を引こうとして、逆にベッドへと引き寄せられた。遠慮気味に、然し挑む様に耳元で囁かれた言葉に、三日月はふっと笑みを零す。仕方のない子だと言い乍、満更でもない。仮にこの空間に二人以外の物が在るとするならば、この子は自分の物だと見せ付ける事になるのだから。この子とこの様な関係になるなど、出会った当時は露も思わなかっただろう。
 唇を重ね、指を絡め、愛を綴り、腕の中の子を想う。
 
 それはまだ盆も過ぎぬ暑い夏の日の事であった。
 廃れたローカルバスに揺られ、何時間。扇風機がくるくると回るだけの車内は快適とは言えない。開け放たれた窓の向こうには一面の緑。蝉時雨は絶え間なく。
 無人のバス停で、三日月は一人、旅行鞄を手に下車した。錆びたバス停と遠くへ伸びる轍の道。
 「時を遡った様な土地だな。」
 青い稲がざわざわと夏の風に吹かれ歌う土地に近代的な物などない。ぽつりぽつりと木造の民家や物置小屋は在るが、背の高い建物や派手な人寄せ看板は一つもないのだ。昭和の儘全てを止めた様な村に、三日月はふうと感嘆の息を吐いた。
 三日月宗近は、少し許名の売れ過ぎた物書きであった。現代の小泉八雲と讃えられ、二十歳で数多の賞を授かった。それは大変光栄な事であると、三日月も思っている。然し乍、名が売れたとなれば、面倒事も増える物である。元より旧家の出故、生活には不自由がなかった。窓から四季の庭を眺め物を綴り、時折その庭に出て花を愛でる。その様な生活を気に入っていたのだ。然し、名が売れ、人前に顔を出す様になれば、その容姿でも世間を騒がせる事になった。
 一躍時の人となってしまった三日月は、その生活に疲れ切っていた。気分転換を含め、次なる題材を探そうと、三日月はとある山間の集落を訪ねる事にした。それが今、三日月が足を着いた地である。
 三日月は、ローカル列車からバスに乗り換え、何時間とかけてこの集落に辿り着いた。
 額に垂れる汗をハンカチーフで拭い乍、一人轍を追い掛ける。途中、畑仕事に精を出す老父に宿場はないかと尋ねれば、初めは怪訝な顔をされた。然し、三日月は小説家であり題材を探しに訪れたのだと話せば、老父は態度を一変させ、人当たりの良い笑顔で道を教えてくれた。
 畦道の脇には白い花。虫取網を手にした少年たちが擦れ違う。少年を追い掛ける様に、ふっと吹き抜けるのは夏の風。夏草はざわりざわりと童歌を謳う。

 皮のトランク片手に、ある一件の硝子戸を開けた。三日月が老父から聞いた宿場は、古い木造の建物だった。硝子戸を横に押せば、がたがたと鳴いた。
 ごめんください、と三日月は店の奥に呼びかけた。すると、ぱたぱたと小さな足音が駆けてくる。然し、その足跡は三日月を出迎える迄は至らず。廊下の端、柱の裏でぴたりと止まった。本人は隠れたつもりになっている様だが、三日月からはそれが容易に分かった。
 「驚かせて、すまぬな。俺は三日月宗近と言う。今夜の宿を探しておるのだ。すまぬが、そなたの父君か母君を呼んではくれぬか?」
 三日月が笑いかけてやれば、柱の裏の子は僅かに顔を覗かせた。すっぽりとフードを被り顔の半分を隠した子は、こくりと頷くと廊下の奥へと消えて行く。ぱたりぱたりと響く可愛らしい足音。どうやら三日月の願いを聞いてくれる様だ。
 間も無く、その子は老父と老婆を連れて店先へと戻ってきた。
 「いらっしゃいませ。」、そう穏やかな笑みを浮かべるのは、幾重にも皺を重ねた老父。隣の老婆も大変穏やかな顔をしていた。顔を隠した子は、老父の後ろに隠れている。
 「この子から聞きました。この様な襤褸宿でございますが、よろしければゆっくりして行って下さい。」
 「いや、良い村だな。この宿も趣があって、筆も進みそうだ。物書きを生業としておる故、この様な場所を探しておったのだ。」
 三日月がこの村落を訪ねた理由を話せば、老夫婦は一層穏やかに笑った。「それはそれは、この村は何もない村ですが、先生のお役に立てるのならば、大変うれしゅうございます。」、と。

 窓より見える遠方の山々は青く、鳥たちの歌声が響き渡る。棚田はまだ青い稲を並べ、日光をきらきらと乱反射していた。何処までも長閑な景色だった。
 少し散歩でもしてみようかと、宿を出た三日月のもとに、あのフードをすっぽりと被った子が駆けてきた。三日月の元で足を止めた子は、自身の服の裾をきゅっと握り締め乍、僅かに顔を上げた。
 「…あの、その。」、と何か物を言いたそうな子に、三日月は身を屈めて小首を傾げる。花緑青の眼は同じ高さになった月を見詰め、消え入りそうな朧げな声で告げた。
 「村を案内する。」と、それから「俺なんかじゃ、ちゃんと案内出来ないかも知れないが…」といじらしい事を言うので、三日月は笑った。
 「うぬ、頼むぞ。小さな案内係。」
 三日月が頭を撫でてやれば、その子ははにかむ様にしてこくり頷いた。
 小さな案内人の手を繋ぎ、三日月は蝉時雨の下を歩む。
 無数に走る畦道、幾重になる棚田、蝉時雨と夏草の二重奏。全てが新鮮で、三日月は全てを心地よく感じられた。
 草臥れた商店でかんかん帽を買ってやれば、小さな子は初め遠慮してそれを受取ろうとしなかった。然し乍、「そなたに良く似合うと思ったのだが。受け取ってはくれぬか?」と、三日月が尋ねれば、小さな案内人は虫の鳴く様な声で「ありがとう。」と小さく小さく笑った。
 「くにひろちゃん、良かったわね。」
 年老いた店主がかんかん帽を被った子に笑いかければ、小さなかんかん帽はこくりと頷く。フードから解放された柔らかな髪は、女郎花。さわさわと吹く夏の風に揺れる。
 店先で並んで頬張るあいすきゃんでぃ。それはレトロなブリキ看板に描かれたそれと同じ。
 「国広はあいすきゃんでぃは好きか?」
 三日月が尋ねれば、こくり頷く。口数は少なく、口を開いても幽かな音しか奏でぬが、素直に答えるこの小さな子を、三日月は嫌いではなかった。寧ろ、三日月から少しも離れようとしない様子に、情を抱いていた。
 ちりぃんちりぃんと鳴る風鈴の音。小さな口では一度に頬張る事が出来ず、とろりとろりと溶け始めるあいすきゃんでぃ。汚れてしまった口許を、三日月は真新しいハンカチーフで拭ってやった。
 「おやおや?その子は、君の子かな?」
 頭上から落ちてきた声に、三日月は顔を上げる。すると、そこには淡い金の髪を靡かせる男が一人立っていた。身形からして、この村の人間でない事は、三日月にも直ぐに分かった。
 「俺は旅の者だ。この子はこの村を案内してくれておるのだよ。そなたは?」
 「僕も唯の旅人だよ。それにしても、君は運が良いのか悪いのか。」
 男は言うが、三日月には丸でその言葉の意味が分からなかった。男もそれを分かっていたのだろう、緋色の眼を細めて笑う。「もし、鬼が現れたら、その子と蛍を信じれば助かるかも知れないよ。」、と。
 「はて?鬼とは物騒な話だな。」
 確かに三日月が訪れたこの村には鬼に纏わる伝承がある。だからこそ、三日月は題材が見付かればと、この地を訪れたのだ。尤も伝承であって、現実には何処までも長閑な村落である。
 「兄者!」と、遠くの方で別の声が聞こえる。どうやら、この金の髪をした男を呼んでいる様である。男もそれに気付いたのだろう、弟が呼んでいるからと三日月に背を向けた。然し、立ち去りかけて一度振り返る。
 「でも、あまり情が移るのは頂けないな。だって、その子は。」
 そう言いかけて、男はやはり何でもないと首を振る。三日月は意味深なその言葉に男を呼び止めようとして、動きを止めた。否、視界がぐにゃりと歪んで動く事が出来なかったのだ。
 暗転した世界で月が見たのは、畳の上に広がる紗の打掛。その端を視線で追い掛ければ、ひらりひらりと椿の散華。白花色の着物に紅の帯。相俟って、血が如く。女郎花は黙して、白い首には赤い紐。炯炯とした双眸が、その子を食む。
 「せんせい。」、「せんせい。」と何度も呼ぶ幼い声に、三日月は自身が白昼夢を見ていた事に気付く。心配そうに三日月を見詰める花緑青。
 「何でもない。心配させて、すまぬな。さて、次の場所を案内してはくれぬか?」
 かんかん帽の頭を撫で乍三日月が微笑むと、小さな手は三日月のズボンの裾をきゅっと握り締めた。
 「先の旅の者も言って居っただろ。そなたが居れば大丈夫だと。心配はいらぬよ。さあ、行こう。」
 三日月がそう再度促せば、花緑青は心配そうな顔をし乍もこくりと頷いた。

 畦道の先に、利休鼠に染まる石段があった。ざわりざわり緑の軒が連なるそこは、山へと誘う古い階段である。
 「この先は、神社だ。」
 三日月の手を握る小さな手が僅かに力んだのを、三日月は感じた。言葉にはせぬが、この子はこの場所が苦手なのだろうと、三日月は察した。だから、引き返そうかと提案をしようと思ったのだ。然し、小さな足は三日月が口にするより先に、一歩を踏み出した。
 「ここは鬼を封じていると、じい様が言っていた。」とは、かんかん帽の下から発せられた声が紡ぐ話。
 三日月の腰程も無い身体から、すっと何かが抜けて行く様を三日月は見た。階段を上るは白い素足。夏の風に吹かれ揺れるのは紗の打掛。赤い帯と女郎花がその下でふわふわ揺れる。その影が首だけで振り返り、悲しく笑む。伏せられた花緑青に、三日月ははっとした。
 途端、三日月はぐっと手を引かれる。思わずそちらに目をやれば、かんかん帽を被る子が、盛大に階段を踏み外していた。三日月が大丈夫かと尋ねれば、小さな頭がまたこくり頷く。然し、それが涙を堪えているのは明白であった。
 三日月はひょいと小さな子を抱き上げると、その儘階段を上る。

 石段を登り切った先、小さな社の隅に水道を見つけた三日月は、その蛇口を捻った。流れ落ちる冷水が気持良い。
 「ほら、国広。打った所を出すと良い。」
 三日月は国広の小さな体を支えながら、打った足を出させた。きらきらと日光を受ける冷水が、怪我した足を清める。小さな口が一文字に結ばれ、「大丈夫だ。」と首を振るので、三日月は「国広は強い子だ。」とその頭を撫でてやった。
 それから、傷口を洗い流した国広を抱き上げ乍、三日月は社の正面へと戻る。
 「それにしても、不思議な神社であるな。」
 社の正面は格子の戸になっており、その中で赤い紐が天井からゆらゆらと揺れていた。鈴を提げるにしても細過ぎる上に、格子戸の向こうにあってはその意味を為さない。ならば、何を吊るすと言うのか。
 「せんせいの為なら。」とぽつり零れた言の葉は三日月の物ではない。弧を描く月が花緑青を覗き込むと、かんかん帽の頭は首を横に振った。なんでもないと言う様に。途端、三日月はえも言われぬ嫌な物を感じた。そう、此処に在ればこの腕の中の子を失ってしまう様な。
 三日月は国広にはそれを悟らせぬ様、穏やかに微笑み乍も、行きよりは早足で来た道を引き返した。
 いつの間にか傾いていた日は、既に山の向こうへ還りつつある。緑の畦道もせせらぎ奏でる小川も、今は緋に染まっている。
 川を見た国広は、三日月の腕の中で小さく笑った。「今日は月があるから、きっと蛍がたくさん飛ぶ。」と。控え目ながらも嬉しそうに笑う国広に、三日月も「そうか、そうか。」とつられて微笑んだ。
 そんな何気ない会話を交わす三日月の耳を、不快な罵声が掠める。人と人とが言い争うそれだ。声の方へ目を向ければ、三日月はこの長閑な村落には不釣合いな物を見付けてしまう。
 スーツを着た身形の良い男達と村落の住人が、睨み合っているのである。詳細は分からぬが、土地開発をするだの、祟りに遭うだだの、そんな内容の会話である。この村落の住人には僅かの時間とは言え世話になっているので助け舟を出したいのも山々ではあったが、よく知りもしないよそ者が口を挟めば余計に拗れてしまう恐れもある。三日月は国広には気付かれぬ様、心中深い溜め息を吐き乍、まずはその場を静かに立ち去った。

 窓から吹き込む薫風が気持良い。三日月は猪口を傾け乍思った。
 今宵の客は三日月のみとの事で、二階の窓を開け放ち、三日月と国広の祖父は杯を交わす。
 「うちの子が、ご迷惑をおかけしました。」
 国広の祖父は、まったく困った子だと苦笑した。
 「いや、俺もこの子が居てくれたおかげで、村をよく知る事が出来た。この子には感謝はしても、迷惑とは露も思わぬよ。」
 三日月はそう穏やかに微笑み、膝の上にある女郎花を撫でてやった。国広は三日月に大層懐いてくれている様で、片時も三日月から離れようとしないのだ。先も祖母がもう遅いからと呼びに来たのだが、国広は首を振って聞かなかった。
 「おや。」
 窓際をふわり蛍が飛んでいった。川が近いので、蛍も飛んで来るのだろう。
 「この村は蛍もたくさん住んでおります。今夜はよく晴れておりますから、蛍も綺麗に見えるでしょう。」
 虫と蛙の音は幾重に鳴り、ふわふわと蛍の灯が漂っていた。
 「もしも、私どもに何かあったら…その子を、国広をお願いします。私も家内も、その子を鬼にやりたくはないのです。だから、どうか。」
 酷く神妙な顔で頭を深々と下げる老父に、三日月は目を丸くして戸惑った。
 「先日、村の土地開発の為にと、神社の裏の祠が壊されたそうです。鬼は間も無くこの村に下りてくるでしょう。もし、今宵鬼が下って来たならば、その子を連れて逃げて下さい。」
 丸で現実味のない話であった。三日月は怪談話を綴ってはいるが、その様な出来事を現実で目撃した事などない。だが、老父の様子は鬼気迫る物があった。

 ― せんせぃ。
 眠っていた部屋の外。廊下から声がして、三日月は体を起こした。
 障子の向こうに小さな影が見える。国広だ。どうやら泣いているらしい。
 どうしたものかと、三日月が障子を開ける。矢張、そこには国広が泣いていた。
 「どうした!?国広!?」
 かんかん帽を握り締めた国広は、べったりと赤に染まっていた。どうやら国広自身に怪我はない様だが、異様な光景ではあった。
 「国広?何があったのだ?」
 「じい様とばあ様が。」
 吃逆を繰り返し乍必死に伝えようとする国広を、三日月は抱き締めてやった。途端、国広は声を上げて泣き始めた。転んで擦りむいても泣かない様に努めた子が、今はわんわんと声を張り上げ泣いている。
 三日月は国広を宥め乍抱き上げると、国広の祖父母が居るであろう部屋へ向かった。
 国広が三日月に助けを求め歩いたのだろう、赤い小さな足跡が廊下には続いている。
 その足跡が途切れた先、開いた障子の隙間から、三日月は部屋を覗く。だが、そこで見た物に、三日月は唯々絶句した。
 救う事は最早不可能であった。部屋は紅に染まり、人は肉片と化している。
 三日月は酒を酌み交しながら聞いた言葉を思い出した。
 逃げよう。でも、何処へ。
 三日月は国広を抱き上げた儘、宿を出た。近くの民家に助けを求めようとしたが、玄関先に転がる肉片を見つけ、考えを改める。
 ふわりと三日月の前を通り過ぎたのは、一匹の蛍。村の惨状とは不釣合いな程に、朧げな灯を携え飛んでゆく。かんかん帽を握り締め泣く許りだった国広もそれを目で追った。その時、ふと三日月の脳裏を一人の男の言葉が過る。

 三日月は腕の中の子を確りと抱き締めると、小さな獣道を歩んだ。
 「せんせぃ。俺、ちゃんと歩けるから。」
 腕の中の小さな子が、気遣ってだろう言った。
 「大丈夫だ。国広、痛い所はないか?」
 三日月が尋ねると、国広はこくりと頷いた。
 幼子を抱え、唯々山の麓にあるだろう町を目指した。

 山の麓に築かれた町は、穏やかな朝を迎えた。
 草臥れた病院の壁は、決して白くはなかった。然し、三日月は大変安心した。否、三日月が安心できた理由はそれだけではない。
 三日月は隣で眠る幼い子の頭を、そっと撫でてやった。夢心地にあり乍も国広は、心地良さそうに少し許り顔を綻ばせる。三日月はその寝顔を起こさぬ様、自分に引き寄せる。
 昨晩、町に辿り着いた三日月と国広を、町に一つの病院は受け入れてくれた。身体は無傷であった。然し、三日月にとってもであるが、何より幼い国広には相当な精神的傷となった様だ。一晩中、国広は三日月の服を握り締めた儘であった。
 「調子はどうですかな?」
 腰の曲がった医師が、穏やかな笑顔をして尋ねた。

 そして、季節は巡る。
 目を覚ました三日月の隣には、今は少年から青年へと成ろうとしている国広の姿があった。一糸纏わぬ姿で眠る国広の身体に残るは、戯れの痕。
 祖父母を失い天涯孤独となった国広を、三日月は養子として引き取った。無論、初めは三条の家が反対をしたが、いざ国広を前にした三日月の家族は皆掌を返すものだから、三日月も笑った。小狐丸は自身の膝に国広を乗せては、その髪を遊ばせた。石切丸も悪い物に攫われない様にと、国広に御守や札などを持たせた。今剣は遊び相手が出来たのだとはしゃぎ、岩融もそれに倣う。時折、顔を出す従兄弟の鶴丸冴えも国広を構いたがるので、始めは見守っていた月も軈て陰り始める。然し、国広に告げられた言葉で、また月は輝きを取り戻した。
 国広が高校に進学をすると共に、三日月は国広を連れて実家を出た。実家は目と鼻の先ではあるが、それでも二人だけの生活に満足していた。
 「そなたは、家族だろうが鬼だろうが、誰にもやらんよ。」と、三日月。
 国広は、「俺はアンタ以外に、この身体をくれてやるつもりはない。」と。
 女郎花に月が指を絡めれば、花緑青は藍に指を通した。
 相俟って憑きは月と為り、花は華と成る。